その日はある意味突然に

水曜日の朝8時すぎ、すぐに帰って来てと義母からMJに電話がかかって来ました。

その電話を受けて私も急いで義実家に向かいましたが、MJも義妹も私も間に合いませんでした。

先週末あたりから義父がついに終日呼吸器(マスクタイプのもの)を装着することになり、火曜日の夕方に義母から肺をリラックスさせるためと不安を取り除くためのモルヒネなどを投与をしていると聞いたMJ。

義母と同じく看護師で、長年末期患者のケアをする施設を運営している義父の義姉Mから聞いていた話で、義父がもう長くはないことを知った私達は火曜日の夜に義実家を訪れていました。

その夜の義父は本当に苦しそうで、モルヒネの微調整や薬の投与などの為なのか、何度も看護師さんが来てくれていました。

なんとか落ち着き、そして義父の就寝時間となりいつものようにヘルパーさん達が来た時が、義父に会った最後となりました。

先週末に担当医から2週間ほど義父を入院させて、せめてその間だけでも義母がしっかり休養を取ってはどうかと提案されていたこともあり、長くはないとはわかっていても、まさかその時がこんなに急にやって来るとは思っていませんでした。

しかし今のところ義母もMJも義妹も、大きなショックで打ちのめされて何も手につかないという状態ではありません。

当日はもちろん激しい同様と悲しみに襲われ、無気力にも陥りましたが、なんとなくついに最後のステップを終えたという感じでしょうか。

診断を受けてから、段階を追うように症状が進む義父をずっと見続け、その都度精一杯その時にできることをしてきたので、ある意味ずっと心の何処かにその日を迎える準備のようなものができていたのではないかと思う。

2015年の6月に診断を受け、そこから2年と1月。

本人が右脚に違和感を覚え始めたあたりからすると2年半ほど。

享年62歳でした。

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